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会社代表


失われつつある少数民族の民族衣装への想い

 例えば、中国雲南省とベトナムとラオスの国境沿いの村々を一ヶ月近く布を求めて徘徊している。と思えば、翌日にはバンコクのウィークエンドマーケットに出没し、品物を売り歩いている。その翌々日にはニューデリーのメインバザールで買い付けをし、その翌々日にはバリの友人宅でトンボ玉の選別。そして東京に戻り、そのまま翌日には札幌、チェンマイ、イスタンブール、そしてブタペスト・・・。

 盛岡に移り住む前まで、こんな風に転々とアジアを巡り歩いておりました。カイロやアテネ、チェンマイ、昆明などを日帰りすることも度々。このようなことを十数年間、「アジアの布を尋ねて三千里」といったところでしょうか?

 商社やエスニック民芸店、画廊、ギャラリー、博物館、美術愛好家、コレクターなどのお客様から古民具や布などの注文や要望を受け、「いつでもどこでも飛んでいく」をモットーにご贔屓を頂いて参りました。

 この仕事は自分で作り上げたと自負しております。平成五年から東京を中心に活動し、平成八年に拠点をタイ・チェンマイのナイトバザールに移すと、欧米のお客様にも注文を頂くようになり、ネットワークは世界に広がりました。それからさらに忙しくなり、結婚当初から妻とは年に述べ二ヶ月ほども一緒にいられぬほどでした。当時世界を駆け巡るある商社の社長に「神出鬼没の美濃」と言われたほどです。

 そうした中で、仕事のついでに現地では見向きもされなくなった少数民族の衣装や布、道具を集めてきました。なぜなら、そういった少数民族の文化は、各国の同化政策や西欧化により、自らのその灯火を消そうとしているからです。

 動きにくく、製作に手間暇かかる民族衣装が、動きやすく安価なTシャツやGパンに変わってゆくのは、私たち日本人と同じこと。緻密な刺繍が施された衣装でも、日常着であるため磨耗され、いつの日にか家畜の飼料袋として朽ちていってしまいます。現代の少数民族の若者に、受け継がれるべく技術は継承されておりません。一旦失くしてしまった技術は、再び起こすことが困難になってしまいます。

 「いま、集めなければ」と収集するうち、その数はいつしか数え切れなくなってしまいました。途上国では、現在でも自国の主流派民族の物すら満足に学術的に調査されていないのがほとんどで、非主流派民族のものになると望むべくもありません。

  身近な例として、私の妻は、タイのチェンマイ近郊に住むアカ族ですが、民族衣装を一枚だけ持っています。しかし、その衣装の背中の部分に縫われている数々の刺繍の意味を彼女は全く理解しておりません。せめて、この現状がアカ族の衣装について調査研究された後であるならば、致し方ないでしょう。

結局、現段階では知識が失われ、次に現物の衣装が失われると、せっかく脈々と受け継がれてきた彼らの伝統や文化も消え失せてしまうわけなのです。そういった少数民族の誇りや技術や美術の現れである衣装や道具を、いま収集して保管しておくことが、「人類の遺産」を後世に伝えることになると思っています。

整理の時間そして現在

いつかまとまった時間を作って、この膨大な資料の整理をしたいと考えている最中、ご縁があって岩手大学人文社会科学部に編入学いたしました。

 合格通知が届いた後、正直なところたくさんの反対意見に悩まされました。働き盛りの三十九歳。大黒柱で妻と子供二人の扶養者である上、ミレニアムに東京目白で興した「有限会社アーチコレクション」も、設立五年目でやっと軌道に乗り始めた矢先でした。

 「いまさら何を勉強するのだ?」「家族とどうやって食べて行くのだ?」「会社はどうするのだ?」「何も岩手でなくても・・・」等々。反対意見は納得のできるものばかりでした。しかし、不思議なことに普段反対する親族や親しい知人は「やってみたら」と肯定的でした。

 それなら「この機会を逃しては老人になるまで作業に取りかかれない」し、子供も小さく(二人とも幼児)「家族で一緒に共有の時間が取れる」ので、思い切って家族と盛岡に来たわけです。財産を持たない(持っていない)ということは、なんて気軽なんでしょう。

 せっかく美しい街・盛岡に住むことができるのだから、楽しく過ごしたいと思いました。そのために、みなさまと交流ができる場所として「サロンアーチ」という店を岩手大学の前に妻とオープンさせました。サロンなんておこがましい気もしましたが「一回きりの人生、やりたいことはやってみよう」と、この大学在学中の期間を利用して営業しておりました。妻のできる範囲で一日三時間、アカ族料理のランチサービスを行なっています。店の中は、アジア各地で求めた民芸品で埋め尽くされています。

 ゆったりとしたソファーで「憩いと出会いの場」としてご利用いただくことと、「失われゆく少数民族の誇り」の数々を見ていただくことが、私たちの願ってもない喜びで、かつ目的でもあると考えております。

そして現在サロンアーチは盛岡での役目を果たし閉店し私達は現在さらに北上し岩手県の八幡平市を本拠に次への準備を進めています。